日本語の文章を書くちからについて。学生時代に国語の成績が良かったにもかかわらず、会社に入って文書にダメ出しをされて違和感を感じる方は、解決の糸口になるかもしれません。またまだ学生の方は、ぜひとも読むだけでなく書く経験を積極的に積む契機になればよいと思います。本テーマは社会人になってから自分と周りのギャップが大きかった項目で、一度に書くと長くなるため、何度かに分けて触れたい内容です。
まず、このギャップとはなにかについて、説明します。端的に言うと「日本語の文がきちんと書けているかに関する認識」です。社会人になったばかりのころ、私自身は、比較的に文を適切に正しく書けていると自任しておりました。しかし、会社の上司・先輩方の認識は「まったくできていない、一から鍛え直さないといけないほどに程度が低い」という正反対のもので、当時はショックでしたね。
大学を卒業したての私は、論文もきちんと書いていたし、入試の国語関連の模試や実際の試験も満点近い成績だったので、上司や先輩のアドバイスを素直に受け入れることができませんでした。今となっては全く愚かだったと思います。なぜ、これほどのギャップが生じたのか、自分なりに分析した結論は、「ある程度の水準にある読む力と未熟であった書く力を一緒に扱い、書く力も読む力と同程度に高いと誤認した」からだと思っています。特に学校の国語の試験は読む力に重点が置かれています。そして試験の評価は悪くなかったので、書く力を含む国語の実力が高いと勘違いしたわけです。しかし、実際は書く力はあまり試される機会がなかったように思います。結果、読む力の評価をそのまま書く力の評価と認識してしまったのが、ギャップの原因です。
もちろん大学のレポートや論文は書くことそのものですが、頻度がそこまで高かったかといえばNoで、日常的に説明文や意見を主張するような文を書いていたわけではありません。そのため、社会、特に会社に入った際に求められる書く力が未熟なままだったのだと思います。では、書く力をどのように鍛えればよいのか、を次回に考えていきたいと思います。